わぁ透明.不思議.なんで透明なんだろう
透明な理由は,木材中の有色部分を化学処理で取り除き,そこに透明な樹脂を満たして固めているためです.
木材は主にセルロース・ヘミセルロース・リグニンから成っていますが,この透明木材を作るためにはそれらの位置関係が重要です.木は植物ですから地中から水などを吸い上げるための維管束を持っています.この維管束を構成する管はセルロースやヘミセルロースでできており,管と管の間をリグニンがつなげています.維管束は幹が伸びる方向に沿って並んでいるため,木の板はその切り出し方によって性質が変わってきます.
簡単のため,今回は上図の①,②の切り方に限って話をします.①では木の繊維に垂直に切断,②では繊維に平行に切断しています.今回の実験では①の木材のみを使用したのでこちらについて説明します.先の話から,①の木材では管が以下のような配置になっていると考えられます.
このようにして作った木の板は当然②のものより折れやすく,机などの天板を作るには向きませんが,今回の実験ではこちらが適しています.というのも,上の図では繊維がスカスカですが実際にはそれなりに密に詰まっており,繊維の方向によって液体の浸透しやすさが変わってくるため,②では板全体に薬品を作用させるのが難しいからです.
Zhuらによれば②でも反応時間を長くすることで透明木材が作れるようですが①のほうが簡単でしょう.(Zhuらの論文は参考文献(1)に示しました)
ここまでが木目の選択の話です.では少し具体的にどう処理をするのか説明します.
前述の通り,木材は主にセルロース・ヘミセルロース・リグニンから成っていますが,色があるのはリグニンだけです.よって,透明木材をつくるためにはこのリグニンを分解する必要があります.
リグニンを溶かしてセルロースだけ残す操作は製紙でパルプを作る際と同じです.ここではアルカリ溶液で煮ることでリグニンを減らします.その後も少し色が残るので,漂白剤で漂白します.これでセルロースとヘミセルロースでできた木材ができるというわけです.ただし,リグニンは繊維同士をつなぎとめる役割をしているのでこのままでは脆く,すぐに壊れてしまいます.また,空洞になった部分を埋めていないと散乱によって白く見え,あまり透明には見えません.そこで,これに透明なエポキシ樹脂を浸透させます.すると隙間が埋まり,透明かつ丈夫な材料が出来上がるというわけです.
つくりかた
作り方はほとんどNileRed氏の動画を参考にしました.手順としてはアルカリで木材中のリグニンを抜く→漂白する→樹脂で固める といった感じです.木材を切り出す
今回使用した木材はヒノキです.断面40*40 mm^2の角材を購入し,厚さ2 mm程度に切断しました.しかし手作業のこぎりで切ったので厚さにばらつきがあります.試料は10枚作製しました.
アルカリで煮る
Zhuらが行った実験でのレシピでは水酸化ナトリウム2.5 M,亜硫酸ナトリウム0.4 Mですが,自分の手持ちに亜硫酸ナトリウムがありませんでした.そこで,亜硫酸水素ナトリウムを使用する代わりに水酸化ナトリウムを多めに加えました(水酸化Naと亜硫酸水素Naとの中和反応で亜硫酸Naが生成すると期待できるため).
件の論文では溶液の体積が書かれていないためNileRed氏と同様,500 mLの溶液を作ることにしました.NileRed氏レシピからの変更は,水酸化Na 50 g→58 g ,亜硫酸Na 25.2 g → メタ亜硫酸水素Na 19 g です.実際に秤量した値は水酸化Na 58.31 g , メタ亜硫酸水素Na 19.08 g でした.
以上の試薬を400 mL程度の水道水に溶かした後,水道水を加えてビーカーの500 mL目盛りに液面を合わせました.これに木材を投入して加熱.
沸騰するくらいの温度で,液面が下がりすぎないようにときどき水を足しながら12時間煮込みました.
リグニンの分解物が溶液に溶けだし,最終的に黒おでんのような色になりました.
処理後の木材は色が少し薄くなっており,ふにゃふにゃとやわらかく手で曲げることができました.
試料を熱湯で数回洗浄.洗浄時はお湯を注ぐ→ビーカーを揺らして混ぜる→10分程度放置 を繰り返しました.
このステップが終わったら次は漂白です.
漂白
試料の漂白については,Zhuらは過酸化水素水,NileRed氏は過酸化水素を使用した場合と次亜塩素酸塩を使用した場合についての実験を行っています.私ははじめオキシドール(3%程度の過酸化水素水)を使用しましたが色があまり抜けなかったので,最終的にはキッチンブリーチの原液に試料を浸して漂白しました.浸してすぐ色が抜け始めるので1時間も浸しておけば十分ですが,セルロースの分解も激しく,試料がかなり脆くなってしまいました.
この時点で下の紙に書いたものがうっすら見えるなど,透明に近づいているのがわかりました.
漂白した試料はアルカリ処理後と同様,熱湯で数回洗った後に燃料用アルコールで2度洗浄しました.その後は燃料用アルコールに浸して1晩程度放置しました.
樹脂封入
最後は2液式の透明エポキシ樹脂に封入して完成となります.アルコールをキッチンペーパーで軽く吸い取り,エポキシを練り,それに試料を沈めて真空引きして放置という流れになります.
即席な容器で真空引きしたらプラ製の蓋が今にも壊れそうなほど歪んで怖かったです.真空引き中はぶくぶく泡が出ます.数分間真空引き→大気圧に戻す という操作を3回繰り返して樹脂浸透は完了としました.
樹脂を浸透させたら固まるのを待ちます.今回,樹脂浸透させた試料をガラス容器の底に乗せて硬化させる試料(下の写真参照),ガラス容器内のエポキシに沈めて硬化させる試料とに分けました.また,1つの試料はプラ製の板(上の写真の真空引きに使っている容器の蓋)の上で硬化させました.
ガラス容器の上に乗せて硬化させるものはエポキシが流れてしまうので,時々上から樹脂をかけて試料の露出を防ぎました.
ガラス容器等の基盤から試料が剥がせるくらい硬化するには一日程度かかりました.
完成
エポキシが少し柔らかいうちに試料を傷つけないようカッターで試料を取り出し,周りの余分なエポキシを除いたら完成です.
はじめのうちはエポキシがやわらかく,重ねたりするとくっついてしまうので完全に硬化するまでは試料同士が接触しないように置いておくとよさそうです.
文字が書かれた紙に接触させると透けているのがわかります.
透明木材の性状
さて今回作った透明木材ですが,細かい性状については件の文献にいろいろと書いてあります.実際にいじってみるとわかりますが,紙に試料が接触しているときは下の文字がよく見えるのに,少し(数mm)紙から離すと見えなくなってしまいます.この木材をレンズにした眼鏡などを作るのは難しいでしょう.
また,今回はエポキシを硬化させる環境をおおよそ2つに分けて実験してみました.結果,容器内で硬化させたものはエポキシの量が多かったので樹脂が厚いものが,もう一方は樹脂が流れてしまうために樹脂が薄いものができました.
完成した試料を基盤から剥がした後,試料が反るのが確認されました.
この反りはNileRed氏の動画でも少し言及されています.これについては少し考察したことがあるので気が向いたら記事を書こうと思います.とりあえず,樹脂が薄いもののほうが反りは大きくなりました.
改善点等
今回は1回目の挑戦としては上出来だったと思います.十分に文字が読めるほどの透明度になったのでかなり満足度は高いです.ただ,いくつか改善したい点があります.
1つはやはり完成品が反ってしまうことです.これについての詳しいことは次回の記事に譲りますが簡潔に言うと,樹脂を厚くする・シリコン型を使って完全に硬化させた後に試料を取り出す,ということです.
別の点として,今回は漂白操作の際に試料がボロボロになってしまったので,より弱い漂白剤で長時間処理することで試料の破壊を抑えることを検討したいです.
今後の発展としては…何かこれを使って面白いことできないかなとか考えていますが,なかなかいいアイデアが浮かびません.
ギャラリー
参考
(1)Mingwei Zhu et al. (2016). Highly Anisotropic, Highly Transparent Wood Composites. ADVANCED MATERIALS 2016, 5181-5187
(2)NileRed . (2018). Making transparent wood. https://youtu.be/x1H-323d838 (参照日2019年2月16日)